「ん…」
酷い頭痛にも似た感覚から目を覚ますと、俺は薄暗い路地にいた。
湿っぽい空気がツン、と鼻に来る。

──陰界。
「来ちまったんだなぁ…本当に…」

第弐話 出立の時

あの後、何が何だかよく分からないうちに俺はさらに地下室へと進められて行った。
何もかも分からない。
何故俺が?
理由は?



「竜零さん…ですね?」

その声に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
身長は俺よりも若干低め、黒のロングヘアーはサラサラと綺麗な光沢を持っていた。
目鼻立ちの整った顔は充分美人と呼ぶに値する。

「ああ…あんたは?」
「ああ、自己紹介が遅れました、私は愛萍(アイピン)といいます。」

彼女もまた香港最高風水会議のメンバー、しかも重鎮と来てる。
まぁ、ここにいるって事はそうだろうとは思うが。

「陰界へ…行かれるのですね?」
「──他にここにいる理由が何処にある?」
「それもそうですね…」
さっきから独特のオーラというか、そんなものを感じるのは気のせいだろうか。

「陰界の様子がどのようなものか、私たちには想像もできません。しかし、おそらく気脈が著しく歪んでいると思われます。気をつけて下さい。これを…」

彼女が手渡したのは、不細工なゴーグルもどきのようなモノだった。

「これは?」
「気脈の歪みを見る風水スコープです。」
「風水スコープ?」
「ええ…装着してください。」
言われるままにかけてみた。
「どうですか?付け心地は?」
「…悪くはないが…鏡を見る勇気はちょっと持てないな。」

「じゃあ、つまりこれをつけていれば邪気が見えるってわけだな?」
「はい。」
そう言っている時も、彼女の雰囲気は一向に変わらない。何だか息苦しさを感じる女だ。

「じゃあ…行くか。」
「あ、ちょっと待っていて下さい。」
愛萍はそう言うと、ポケットから袋を取り出して俺に渡した。
「なんだ?こりゃ…」
「中には陰界の通貨と、それともう一つ、入ってます。」

袋を開けてみると、ゴワゴワした札束が出てきた。
「へぇ…豪勢なこって。」
「それだけあれば取りあえず、困ることはないでしょう。」
「よくあのお偉方がここまで至れり尽くせりしてくれるもんだ。」
「それだけ…自体は逼迫しているということですよ?」

その時、袋から何か小石のようなものが落ちた。

「ん?何だこりゃ?」
「それは…黄龍石です。」
「は?」
「それが、あなたが陰界に行くにおいて最も重要なアイテムです。」
「へぇ…こんな物が?」
「私にもよくは分かりませんが…持っておいて下さい。」
「ああ、分かったよ。」

ぐずぐずしてもいられない。
俺は愛萍から貰った袋を腰に引っ掛けた。

「竜零さん…」
突然、愛萍が俺を呼び止める。
「どうしたんだ?まだ何か?」

「小さな問題は、必ず大きな摂理へとつながっているはずです。」

「ですから…お気をつけて。」



お気をつけて、か…
全く、気休めにもなりゃしねぇ。



「愛萍、早速かかってくれ。いいな。」
「彼を、本当に信用していいのですね。もし彼が、間違った道を選んだら…」
「そのためにお前を呼んだのだ。さ、用意をしてくれ。」
「解りました。ジャスト、時間を下さい… 」

BACK/TOP/NEXT