安龍飯店。
にぎやかな繁華街の裏の裏にポツンと立つ寂れた店──もとい、廃墟。
入ろうとするものは一人としていない──
普通なら、な
第壱話 九龍城、現る
安龍飯店の地下。
実はそここそが香港最高風水会議の本拠地なのだ。
全く意外なことだ。
お偉方の話によると、ここが一番香港で気脈が優れたところだそうだ。
──尤も、人伝に聞いたことなので信用できたものじゃないが。
ゾクリ
一瞬、背中に悪寒を感じた。
今まで感じたことのないような恐怖にも似た──予感。
「──何だよ、もう…」
夜の香港は人通りが激しい。
しかし、深夜二時ともなるとそうでもない。
ましてここは人はおろか生物もいないんじゃないかと思わせるような超裏路地──
「っと、ここだ。」
ボロボロの看板には安龍の文字があった。
『飯店』の文字は随分昔に落ちてなくなったそうだ。
二階へと上がる階段の裏。
ここにある階段から地下に行ける。
思えばこの階段を下りるのも久しぶりだ。
始めてここの階段を下りたのは今から7年前。
俺がこの世界に入ったときだった。
二度目は4年前。その時から俺は超級風水師の称号を得た。
地下の奥の奥の部屋。
ここでお偉方は集会を開く。
俺のような超級風水師でも3回しか入っていないから、普通の風水師は当然入れる場所ではない。
中にはこういう場所があるということすら知らないやつもいる。
「失礼します。」
「…掛け給え。超級風水師、竜零君。」
しわがれた声で、爺さん(名前は7年前にちょっと聞いただけだったので忘れた)が言う。
顔は──何かで覆っていてその表情は読み取れない。
わずかに見える口元でしか、その顔を判断できない。
「何故君がここに呼ばれたか、もう分かっているはずだ。」
生まれつき、俺には変な力があった。
『何か』を感じることが出来るのだ。
人の感情──それも相当押し殺したような──
人だけじゃなかった。
動物も、植物も、さらには──生命を持たないモノも。
無論、そんな力は人に言ったところで信じられるものではない。
言ったものなら、何か頭がおかしいんじゃないかとか言われるのが関の山だ。
だから、俺はさり気なくその力を活かしてきた。
そんな俺を見たとある人が、俺をこの世界へと誘った。
ああ、そうか。
さっき感じた予感──
『何か』が生まれた。
「九龍城が現れた。」
ビンゴ。
しかもいきなりラスボスクラスのお出まし。
こりゃ参った。
「陰界にあるべき九龍城が、あろうことか、この陽の世界に姿を現したのだ。」
陰界。
俺たちが生きている世界とは別の世界。
言わばパラレルワールド。
隔離された、いや──
隔離されるべき、世界。
「このまま陰と陽が不用意に交わることにでもなれば…世界は意味を失い、必ずや崩壊してしまうだろう。」
御尤も。
風水師の超常識。
根底の根底にある問題の為、逆に忘れられてしまった問題…それがこの「陰界」
「見たまえ。」
ヴン、と音がして立体映像が飛び出す。
「我々は、二つの世界の風水を監視していた。これが我々の住む陽界の風水だ。」
綺麗な四角錐。
非の打ち所がない壮麗さ。
これが、世界の本当の美しさ──
「今のところ、乱れることなく整っている。しかし……」
ヴン、と音がして四角錐が消えた。
「陰界には、しかるべき風水が見当たらない。」
「すなわち、陰界では、風水の源となる四神獣…そう、青龍、白虎、朱雀、玄武の見立てが、まったく行われていない。」
四神獣。
風水師でなくとも知っている。
古代から人を守護し続けた──今もなお。
「九龍城の中で四神獣の見立てを正しく行いさえすれば、陰界の風水は自ずと立ち現れてくるはずだ。」
「君はあの九龍城に潜入して、風水を起こさねばならない。」
「…そのために俺を?」
「その通りだ。」
「まずは四神獣となるべき存在を探し当て、正しい見立てを行うのだ。」